久し振りに「白菜漬け」を作った。
先月の初めバンコクの日本領事館へ行ったのだが、帰りにスクムビットの「富士スー
パー」に寄ったが、日本食材の購入が目的なのだが、内心「白菜漬け」を買う積り
であったが生憎店頭にはなく、仕方なく諦めていた。ここの所タイ飯がメインだが、
そうは言っても私はやはり日本人。時々漬物が欲しくなり、キャベツや大根を切って
塩揉みにして浅漬けを作って食べてるのだが、妙に「白菜漬け」が食べたくなり、久し
振りに自分でつけることにした。日本みたいに寒い冬はないが、タイでは冷蔵庫という
便利な電化製品があるから季節なんか関係なく作れる。2週間前に娘に頼んで白菜を
3個ほど買ってきてもらった。日本の白菜と違ってタイの白菜は小さいのだが、それで
も見た目が大き目の物を選りすぐって買ってきてもらった。

入れ物は大きなタッパー(11cmx29cmx11cm)の大きさであるから、タッ
パーとしては結構大きなものだろうと思う。
そうは言ってもこのままタッパーには入らないし水気も多いから、まず4等分してよく
水洗いをし、水気を切って天日で1日乾かすのである。

夕方日が陰った頃家に入れて仕込み開始である。事前に赤唐辛子を6~8本くらいを
細かく切っておいて、白菜をタッパーの中に上下を交互に敷き詰めて(上下各2段に)
その間に刻んだ唐辛子を均等にまぶす。下の写真は以前のものであるが、娘が買って
きた白菜は少し大きめだったので、タッパーと同じ長手方向に置いて詰めた。
(写真は以前のものだからタッパーと直角方向に置いている)

本当の白菜漬けはここからは「塩」になるのだが私が使うのは「浅漬けの素」である。
だからと言って出来上がったものは決して浅漬けではなく、立派な「白菜漬け」で私の
釣り仲間には結構好評であった(手前勝手か)。この「浅漬けの素」1本を、全部を
満遍なく振り掛けて、その上に重石を(私の場合はタイルを2枚)載せている。

ここから一寸重要になるのだが、漬物と言うからにはやはり重石が重要な役目になるの
だが、何せタイルでは重石にならないので「浅漬けの素」を掛けたら、タイルの上
から体重をかけて押し付けるのだが、最初の3日間くらいは朝晩1回ずつこの押し込み
を繰り返すのである。

「白菜漬け」で大事なのはやっぱり「押し」だろうと思う。「白菜漬け」だけでなく
「たくあん」にしても、あの「カリカリ」と言うか「ポリポリ」と言う食感はやはり
「重石」があっての食感であろう。下のっ写真は食べ始めてほぼ1週間後の物だが、
既に白菜2個分を食べた後である。

では漬けあがったかどうか、もしかしたらまだ「浅漬け」かもしれない6日後くらいに
出した朝食の様子である。ご飯は何となく「日本米」のように見えるが、そう見える
だけで実はタイ米の「カオホンマリ」で日本米とあまり変わらなく、我が家では普通に
毎日食べている米である。(納豆であれ卵かけごはんであれ、日本米とあまり変わり
ないと思っている。)

実は最近こそ久しぶりの白菜漬けであるが、4年くらい前はしょっちゅう作っていたが
最近は面倒になって作らなかっただけで、また作ろうと思っている。やっぱり漬物が
ない食事って寂しいと思うこの頃である。
※ 関連記事 ナムジャイブログ シャム湾の風に吹かれて
水回りの補修は苦手
最近筆不精と言うか、パソコンに向かって創作すると言うか、作業することがやけに
面倒臭くなってしまって、気が付いたら2週間もブログの更新をほったらかしにして
いて、早いものでもう9月も7日を過ぎようとしている。ブログネタがないわけでは
なく、写真など撮ってそれなりに準備しているのだが、いざパソコンに向かうとその
前に日本のニュースやMLBの状況やらSNSを見始めると、ついついそちらに気が行って
しまって、中々作業がスタートしないのである。

今関心があるのは大谷が今日は打ったのか、打率は?などあるが、日本の総裁選はどう
か、兵庫県知事はどうなったかなどもあるが、MLBのニュース以外はあまり興味がわい
て来ない。そんなことより円相場の方が気になる。
朝起き抜けからパソコンを開くわけにもいかないから、携帯でGoogleをググるのが日課
になっている昨今であり、昨日も朝食の心配をしながら携帯をいじり始めたらミヤさん
が、観察しているのかと思う程タイミングよく「ピーノ、洗面所の流しの水受けを
外して、給水管を交換して」と何やら面倒臭い仕事の依頼があった。洗面所へ
行くと床が濡れており、排水管か何かがいかれていそうなので、とにかく言われたこと
に取り掛かる。順序が逆になったが、下の写真は既に取り外した洗面台の下に固定され
ていた水受けなのだが、この受け部のシリコンパテに、漏れた水で隙間ができてそこか
ら漏水したようである。

こちらが水受けを外した洗面台だが、矢印の蛇腹でできた細い感が給水管だが、これが
劣化しているらしく、触るとステンレスの繊維が劣化して手に刺さり痛い。どうやら
この排水管を交換しさえすればよさそうである。

ところで、こういう交換部品は日本ではホームセンターだと思うのだが、日本では未だ
行ったことがなく分からないが、タイはごく身近にこういうものを売っている店があり
便利この上ない。とにかくこの給水管を取り外さなければならないが、その前に家への
給水を止める必要があるが、家の給水を止めるのだからとにかく急がなければならず
(ミヤさんが朝食の準備中であり)大急ぎの作業である。

給水弁を止め、洗面台の給水管を外して近所の荒物屋へ行き、コレと同じものが欲しい
と言って交換用の給水管を買ってくるが、これで65Bだから安いものである。

さて水回りの補修で注意しなければならないのは、ネジ部のアソビ(オネジとメネジ)
のガタをなくさないとそのガタのために水が漏れてしまうのである)をなくすために、
専用の漏水防止用ビニルテープがあるから、それをキッチリ巻くことである。

漏水防止テープを巻いてあるため、ねじをはめ込むのにちょっと苦労したが、それでも
組み立て完了し給水弁を開放して漏水の有無をチェックしたが問題はなく、修復完了で
後は水受けの釜のような陶磁器ををセットすればOKである。

このくらいの補修はなんとかできるが、しかしやっぱりこの建築関係と言うか家の構造
に関わる補修は何となく苦手である。特にセメントを練るような作業になると配合と
言うか量なんかミヤさんがいなければ分からない。私はやっぱり機械屋でミヤさんは
タイの建築屋の棟梁の娘であるとツクヅク思う
ネズミの被害と在留証明書とアサギマダラと
もう一月くらい前になるだろうか、息子に頼んでピックアップの点検をするために、
アオウドㇺのイスズ迄運んでもらった。いつものことながらエンジンオイルの交換やら
通常の点検を済ませたものの、ホースやらハーネスなどネズミに食い散らされた部位が
あるため、チェックしなければならないと言われたそうだ。おかげで時間はかかったが
被害はごく小さかったようである。

その後4~5日ほど前であるが、今度は洗濯機のホースやらハーネスやらを、業者が
来て点検していたが、これもネズミに齧られて交換しなければならないと言っていた。
3日ほど前、薄い30㎝程のプラスチックの皿に、何やらベトベトしたものを載せ、皿の
中央に小さな食べ物を置いたものを、車の下やら下水道の入り口付近に置いた。
そして昨日の朝、起き出してお茶を一服なんてしていると「ピーノ、小さなネズミが
取れてまだ動いているから片付けて、大きいのは片付けた」と言われる。

しょうがない古紙を持ってきて折り畳み、ネズミをくるんで一緒に盛ってきたゴミ袋に放り込んでゴミ捨て場へもっていくと、なんとミヤさんが捨てた大きい方のネズミが
もがき苦しんで、ゴミ袋を食いちぎっていた。何のことはないミヤさんはネズミ捕りを
そのままごみ袋に入れて捨てただけである。しょうがないこれも一緒に新しい袋にその
まま突っ込んで捨てたが、こんなもの捨てられてこのムーバーンのゴミ捨て係は困る
だろうが、これがタイのやり方だから仕方ない。日本だったらどうするのだろうか。
さて1日経って今日は、先日日本領事館へ行ってお願いしてきた、在留証明書を取りに
行く日である。J-Parkにある日本大使館の出張所など行ったことがないから、一寸早い
が11時20分頃家を出る。J-Parkまでは歩いて行く積りで、2キロ一寸だから30分プラスα
見て置けば十分だろう、いい運動だ。なんて考えて家を出たのだが、ヤーム(守衛)の
手前でちょっと遊んでしまった。詳しくは「オマケ」で話すが、久し振りと言うか
珍しくというか、なんと守衛に行く前の生け垣で「リュウキュウアサギマダラ」に
出くわしてしまったのである。今はこのチョウが「リュウキュウアサギマダラ」なのか
疑問であるが、今まではそう思っていた。詳しくは後述するが、久し振りの再開で暫く
このアサギマダラと写真撮影を楽しんだ、

あまり時間もないので「お遊び」は適当に切り上げ、とにかくJ-Parkに急ぐが、曇天
と言うか今にも雨が降りそうな天気が幸いして汗が出るほどでもなく、40分程で到着。
領事館へ行ったとき凡その場所を聞いていたので、まずはMax-Valu横のエスカレーター
で2階に行ってみる。

2階へ行くもそれらしいところは見当たらないし、それらしい人混みも見当たらない
ため、Tsunami-sushiの法被を着たお姉さんが2人話していたので、「サターン・トゥ・
イープン・ティー・・・」途中まで言いかけると、全て言い終わる前に指さされたのが
こちらの建物と言うか部屋である。

人が待っている様子もなく、特に案内が出ているわけでもないが、反対側に回ってみる
とこんな感じで、ここはドンキーの出口から来たところに当たり、丁度1階のサボテン
前の階段を上ってきたところになる。

外でこんなことして時間を潰すより、さっさと中に入ろうと思いドアを開けるとこんな
感じになっていたが、一見畳敷きの和室みたいだが、これは単に絨毯の模様だが冷房の
効いた静かな部屋で、先客が2人待っていた。

たいして待たされもせず番号を呼ばれ、向かって左側の入り口から入り、丁度男性が
座っている後ろ側の丸窓の向こう側あたりにある部屋に通され、名前を確認後在留証明
を受け取り終了。帰りは特にやることもなく、Max-Valuでミヤさんに言われた買い物を
して、疲れているのでトゥクトゥクで帰るが、家まで横付けで60Bである。
家に帰りエアメールの封筒を準備して、現況届のハガキや在留証明・ミヤさんの居留
証明などを同封して、年金機構への届けを完成させ娘に託す。

これで凡そ1か月程掛かってしまった「現況届のまとめ」は終了したが、データ通信や
メールのやり取りで何とかならないものかと思う。
【オマケ】リュウキュウアサギマダラだと思っていたのは、一体何だったのだろう。
写真をご覧になって知っておられる方は是非教えて戴きたい。
これまで私はこのチョウが「リュウキュウアサギマダラ」だと思っていたのだが、単に
そう思っていたと言うだけで、日本にいた時見たことはなく、タイで初めて見てそう
思って喜んだだけである。

違うと思い始めたのは、何回も見たときに後翅の裏側の縁の
紋様が褐色がかっていて、形状も少し違うと思い始めたからである。よく見れば前翅の
模様もリュウキュウアサギマダラノそれではないことが分かるが、ではこのチョウは
一体どういう名前の蝶なのだろうか。
※参考記事 ナムジャイブログ シャム湾の風に吹かれて。
http://njin0426mh.namjai.cc/e244756.html
リュウキュウアサギマダラだと勝手に勘違いして何年か経つが、一体正体は何だろう。
半年毎の高血圧の検診
昨日は高血圧の半年毎の検診で、朝からソムデット病院へ行ってきた。半年ごとのため
いつだったか忘れないように、目の前の物入れの脇に予約票を貼り付けてある。、

前日にはミヤさんから娘にその旨話してあり、先に行って予約をするように言い渡して
あったが、私には何となく気が引けているが、娘は何とも思っていないらしく、私の
パスポートと病院の診察券を、事前に渡しても文句も言わず了解してくれている。

朝早く出かける必要はないとはいえ、それでも7時半ころまでには病院へ行かないと、
先に行っている娘に迷惑が掛かるため、いつもよりちょっと早起きして、家の前から
ソンテウに乗って出かけるのだが、この時間帯は通勤者や学生で混み始めるため、7時
少し前の車に乗り込む。

降車場はタラート前の時計台手前を、お寺側に入ったすぐのところで、終着だから全員
降車するから何も心配なく一緒に降りればいいだけ。歩きだしてソムデット病院へ向か
うも、ノボテルホテルのちょっと先まで行ったところで娘にあった。すでに受付は済ま
せたからと言って、先に行っているから血液検査の場所に行くようにと言いまた急ぎ
病院に戻って行った。私も任せっきりでノンビリなんていうわけにもいかず、病院へ
急ぎ向かう。病院に付いたのは7時20分頃だが月曜日ではないため、混雑していると
いう感じはない。血液検査の受付を済ませると、今回はいつもと違って、尿検査もする
ようで尿の入れ物を渡される。娘のお陰で採血・採尿も早く終わり、内科の受付にその
旨告げると、検査結果が出るまで時間があるから食事に行ってもいいと言われる。順番
が51番だと言われた。娘の言うことには、ミヤさんは今病院に向かっているから、食事
をしてもいいと言う。別にこれと言って特に食べたいものがあるわけではないから、何
でもいいと思っていたら、娘が勝手にカオカーム―を頼んでしまった。娘の話では食べ
終わるころにはミヤさんも来ると言う。写真は病院前で以前使用したもの。

食べ終わり会計を済ませて病院へ向かう途中でミヤさんが合流してきた。
9時ちょっと前である。そのまま内科の待合室に直行するが、待ち人は結構いる。

それから1時間くらい待ったであろうか、丁度10時近くに呼ばれ、検査結果を聞くと、
半年前に聞いた内容とはえらい違いで、コレステロールは緒と高めかも知れないが心配
するレベルではなく、血糖値とか全て平常値で何も心配することはないと言う。半年前
とはエライ違いであり、半年前には糖尿病の心配までされたのがウソのようである。
この半年の間何をしたかと言っても、生活自体が変わったわけでもなく、薬を変えた
訳でなく、これと言って何かしたわけでもないのにどうしてか。心当たりはないが、
前回の前夜深酒したのか?しかし、あの頃はもう酒はほとんど飲んでいないはずだが?
この1~2か月で変わったことと言えば、昼間麦茶を毎日1ℓ以上飲んでいることぐらい
だが、それがこんなに効果あるのかどうかわからない。
次回はまた半年後の2月と言うことで、いつもの薬を6か月分処方された。飲む薬は朝晩
違う薬を1錠づつだから大した量ではないが、半年分と言うと結構な量だから、傍目
では薬漬けになりそうな感じである。

しかし薬代にしたところで、パヤタイに通っていや頃に比べるとソムデット病院の方が
はるかに安上がりに済んでいて有難い。
※関連記事 はてなブログ Jinbeinのシャム便り
2022年6月 術後のケアと高血圧の診断と
現況届用ミヤさんの居留証明も
先月末に届いた年金機構からの現況届のために、先日バンコクまで在留証明を取りに
行ってきたのだが、実はミヤさんの居留証明がまだ必要で、昨日今度はシラチャにある
郡役所に証明書を貰いに行ってきた、勿論ミヤさんの物だから私が行って貰えるはずはなく。ミヤさんがタビアンバーンを持って、申請しなければならず、私は金魚のフンの
如く付いて行くだけである。

最近でこそ郡役所に行けばと、すぐ考えることができるのだが、もう5~6年前になるが、上記のメールに同封されたミヤさん用の「Application forresidence Certificate」をどう扱ってよいか分からず、スラサックの役場に も行ったりもした。

居留証明を書いて「判を押す」などをしてくれるところはタイになく、ホトホト困った
私は、領事館に行った折係官に相談したところ、「ああ年金要求のネ」と納得している
感じで、「こういう書類を発行してくれるところはタイにはありませんから、その旨
陳述書を書かれてはいかがですか?」と言ってくれた。

その後タビアンバーン(住居登録)をもとに居留証明を発行してくれることが分かり、
それを郡役所で発行してもらえることが分かり、以来そうしている。

それはコロナ騒ぎの前で、その後2回くらい陳述書を書いて居留証明に同封して送付
していたが、郡役所の押印がなかったが何も問題はなく処理されてきた。
その後毎回陳述書を送るのも面倒になり、3年くらい前から同封するのを止めてしまっ
たが、今は何事もなく済んでいる。
一寸横道にそれてしまったが、郡役所の中も以前に比べると随分変わってしまった。
仕事の効率化かなんかで、イミグレの中みたいな感じだったのが大きく変わった。

取り敢えずミヤさんの居留証明は20Bで簡単に手に入ったので、後は今月22日に私の
在留証明が手元に届いてそれらを送付すれば、今回の現況届はすべて完了であるが、
この面倒なお役所仕事はいつまで続くのか、本当に頭が痛い。
※関連記事 ナムジャイブログ、シャム湾の風に吹かれて
イースタンの領事館出張サービスが閉館でバンコクへ
先月末に年金機構から、現況届提出の依頼が届いて在留証明が必要になり、「証明願」
を書いたのだが、今までは運転免許もあったのでバンコクまで行って証明をとって来た
が、昨年8月に免許は更新しなかったので、バンコクにはいくことができない。

幸いなことにシラチャには領事出張サービスがあるため、娘にイースタンタワーにある
領事館出張サービスへ行って提出するよう頼んだのが数日前。2~3日前娘から電話が
あり。現在はもうなくなっていて、「OHAYO」(地方月刊誌)のスタッフに確認した
ら、8月22日に出張サービスがあるからその時提出すれば、と言われたそうである。
下は以前イースタンタワーにあった領事館出張サービスの事務所入り口。

一昨日夜になって、ミヤさんが「早い方がいいだろうから明日(昨日)一緒行こう」と
言ってくれ、昨日(8日)急遽バンコクまで行くことになった。結局当日(8日)犬の
世話から何から全て終わって家を出たのは9時15分頃で、シラチャのバス停に付いたの
は9時半丁度くらいで、バスで行くとのこと。

バス停はロビンソンとバンコク銀行の間で、夜タラートが開かれるところで、今バスが
停車している隣の小さな建屋で切符を買うが、エカマイ迄大人一人120Bだった。
出発は10時30分とのことで時間は十分あり、屋台で腹ごしらえをする。食べたのはカイ
パーロー(和名なら所謂豚角煮)。

ボックスカーみたいに狭くはないが、マイクロバスだからやや小さく、片側一列の座席
にほぼ75%の状態だった。窓の外にこんなポスターが掲載されていて、走り出すと
エンジン音は小さいのだが、路面の凹凸を拾うボコボコという音と振動はエアサスでは
ないからだろう。これはやっぱりチャイナクオリティなのか。

経路はスクンビットを進んで途中からチョンブリバイパスに入り、チョンブリから
高速に乗って、バンナからバンコクに入ってエカマイが終点だった。
エカマイには結構行ってはいるが、バス停があるところなどは初めてで、とにかく
ミヤさんに逸れないように歩くので忙しない。

ここからどうするか見当はつくが、モタモタしてると思われるのも癪なので一応
BTSでアソークまでだろと確認すると、タクシーで直接行くの?と逆に聞かれる。BTS
乗り場は目と鼻の先だから問題ないが、方向を間違ったら大変である。

私がバンコクにいた頃に比べると比べようもないほど変わっているし、BTSの運行本数
も増便しているようで、乗り込む便がすぐにやって来た。

BTSは平日の昼時だからすいていると思ったが、やっぱりバンコクと言うだけあって、
平日でも座るのは大変な混みようだ。

アソークで下車して駅を出るとすぐにタクシーが摑まり、日本大使館の小さい方と告げ
るとミヤさんとなんか話しながら車をスタートさせる。バンコクだから多少の渋滞は
覚悟していたが、ラマ4は渋滞なんてことはなかったが、ルンピニーに入った途端に
大渋滞巻き込まれてしまった。

でもこの交差点まで来れば領事館は目と鼻の先、とはいえさすがの渋滞は徐行ってわけ
にはいかないから、何とか領事館前で降りた時には予想を大きく上回って101B
支払うことになる。

領事館の入り口を1時15分だから、午後の開館1時半には何とか間に
合った。番号札を取ると待ち人1人となっており、受付開始するとすぐに呼ばれたが、
事前準備はすべてしてきたから、指摘されたことは何もない。都内在住なら明日もう
一度となるところだが、私の場合シラチャのため今月22日の出張サービスで受け取る
と言うと、それで結構ですとOKになった。

領事館を出るとミヤさんが「富士スーパーに寄っていくでしょ」と言うからダメとも
言えないので「OK」と言うと、そのままタクシーを拾ってアソークと告げるも、この
タクシーがとんでもないタクシーだった。途中からミヤさんが運ちゃんに何か言い
あっていたが、結局アソーク駅近くでU-ターンして降りると160B支払った。アソーク
からBTSに乗ってプロンポンだからほんの一寸である。しかしここもこの3年くらい来て
いなかったから変わったものだと思う。覚えていた店はなくなって、目的は富士スー
パーだけになったしまった。富士スーパーは正面赤い屋根の建物の正面になる。

ミヤさんとは帰りもバスだし、節約で高価な品はナシと申し合わせてあるが、いざ中に
入って商品を手に取ると、やっぱりあれも欲しいこれもとなるが結局我慢である。

最低限の物だけ買ってエカマイへ急ぐが、娘は何か不満だったらしくミヤさんに愚痴を
こぼしていたようである。帰りはエカマイから高速バスに乗って、ロビンソン前
(J-Town入り口)で下車で、久し振りのバンコク旅行だった。

昨年運転免許の更新を止めて、運転できなくなってしまったが、こうやって小旅行を
楽しむ積りにもなるが、この歳になって あの渋滞の中を運転するのはやはり大変で
ある。私はこうして動けるが、私同様もう高齢になっている日本人は、どのように対応
するのだろうか、日本のようにインフラが整備されていないタイで暮らす人が心配だ
が、まあそれなりに生きているだろうから、いらぬ心配かもしれない。とは言え、この
現況届はなんとかならないものだろうかとも思う。
タイのレアな果実を食べる。
最近ミヤさんが、アオウドㇺのマクロ(タイ人はマッコーという)に行くようになり、
今日も(26日)朝から娘とソンテウで出かけた。マクロは確かに安いのだが、私がつべ
こべ口に出すことでもないから、黙って留守番するしかない。下手に口出しして今は
免許を持ってないのに運転を頼まれるのも面倒である。8時ころ出かけて行ったが11時
になっても帰ってこないので、電話を掛けたが繫がらず掛け直ししている最中にトゥク
トゥクに一杯荷物を積み込んで帰って来た。荷物の片付けを手伝っていると、ミヤさん
の愚痴がこぼれてくるが適当にあしらっていると、娘が何か黄色い果実の包みを持って
キッチンへ行き、中身を皿に盛って持ってきて、「パア。これワーン(甘い)でアロイ
(美味しい)と言って勧めてきた。

見た目はちょっと黄色いがナツメそっくりで、一口齧った食感もナツメそのものだが、
甘さはこちらの方が強いかもしれなく、「ああ、このプッサー(ナツメ)甘いナ」と
言うが、「これプッサーじゃあない」とミヤさんと娘に同時に言われた。

「食べた感じは同じだけど違うのか」というと、携帯で何やらチェックしていた娘が
「こっちなら知ってるでしょ」と言って、以前食べたデーツ(ナツメヤシ)の写真を
見せてくれたが、ドライフルーツに加工したもののようで、これなら数回食べたことが
あり美味しかったので知っていた。

これなら2~3回食べたことがあり、実家の片付けに行くときに土産に買って行った
覚えがある。「ドライフルーツの殆どは外れ」であるが、これならばと思ってJ-Parkで
探して持って帰ったことがある。帰タイしてから何かの折に日本へ電話した際に、
「土産にもらったのが甘くて旨かった」と言われたのが今でも覚えている。スーツ
ケースに果物を隠し詰め込んで没収されるより、これならかさばらないし軽くていい。

上の写真のパッケージと同じものがJ-Parkにも売っている。
ところでここのところミヤさんは、それほど頻繁ではないが、マクロへ時々買い出しに
出かけるのだが、先日も買い物に行った折珍しい果実を持って帰って来た。どうもミヤ
さんが買うよりも、娘が探して買うみたいな感じである。それがこちらの果実のサラで
大粒のイチゴくらいの大きさであった。

娘に言われて表皮を剥くが意外と薄皮で剥き易く、果汁が出てきてベトツク訳でもなく
簡単に剥けた。果肉は白色で2つに分かれていて、食べてみると甘みのある果汁と共に
少し酸味がある味が口内に広がるが、さっぱりした美味しい味であり、ビワみたいな
感じで中から黒い種が出てきた。「このサラどこのもの?」と聞くと娘がすかさず
「インドネシア」と答えてきた。

食べながら「そういえばタイにもサラという果物があったっはずだが」と思い出した。
こちらは沢山食べた経験はないが、同様に甘酸っぱい味だったが、表皮に細かいトゲが
あって剥きにくいと思ったものだ。

※関連記事 ナムジャイブログ シャム湾の風に吹かれて
http://njin0426mh.namjai.cc/e216996.html
私がさらに夢中になっていると、もう一つ買ってきた果実を皿に盛ってきて、「こっち
にもあるから食べて」と差し出してきた。こういう時だけ何と優しい。

これは何だと言うとタイ語で「△xx%#△」と何を言ったか判らないが、齧ってみる
と、こちらもわずかに酸味がある甘さで、懐かしい味ですぐに判った。スモモだと思う
のだが言葉は出てこない。あとで辞書を引いたら「プルン」というらしい。

さて次だが、こちらは口に入れてすぐに判る「ナツメ」である。しかし以前食べたのは
梅の大きさくらいの丸いものだったので、「このプッサー前に食べたのと一寸違うな」
と言うとミヤさんが「プッサー・チーン(中国)」と言う。どこ産でもいいが、私は
昔からこのナツメが好きなのである。

私が小学校5~6年頃、近所の駄菓子屋にナツメが売っていて、よく買って食べたもの
である。この頃母方の祖母の実家が富士宮市のはずれの田舎にあり、この頃初めて母親
に連れられて行ったのだが、大きな家で中庭があり、その南側のはずれに馬小屋が
あって脇に大きなナツメの樹があり、たわわに実を付けていたのを摂って食べたのが
きっかけなのである。(写真はGoogleより引用)

この家には私と同い年の女の子がおり、母の兄弟には男ばっかりだったが、祖母方の家
には他にも女の子が沢山いた、それがナツメに繫がったかどうかは判らないが、幼き
日の思い出である。
ところで、スイカと言えば赤色か黄色なのだが、先日タラートに買い物に行ったミヤ
さんが帰ってくると、オレンジ色のカットした果実を皿に盛って安くて珍しかったから
買った。と言って「甘いよ」と言いながら勧めてきた。生返事しながら口に入れると
これが何とスイカだった。「赤色と黄色のスイカを交配させてオレンジ路ができた?」
そんな馬鹿な、絵の具じゃあるまいし。

ドリアン・マンゴスチン・マンゴーなどと違い、果物のの主流から一寸外れているが、
それなりに個性があって食べると美味しい果実であった。やっぱりタイという土地柄
なのかもしれない。