Jinbeiのシャム便り

タイ在住の年金暮らしの専業主夫のジジイで、タイ生活/日記一般を綴っていきます。

今日は故ラマ9世誕生日、父の日だ。

今朝もいつもの様にウォーキングに出かけるが、いつもの様に公園内に駐車しようにも

園内の駐車場は一杯のようで、いつもはいない駐車場係員に入れないと合図されて

しまい、仕方なくコローイの桟橋に向かう。

まあ2日ばかり前から分かっていたことで、公園内のステージに故ラマ9世の写真が飾ら

れていたため、5日はなんか儀式があるだろうとは予測していた。

メインステージばかりでなく、中央広場にもテントが張られ、中には花で飾られた

写真も設けられていたからだ。故ラマ9世が崩御されたのは2016年だから、早いもので

もう6年も経っている。

海岸通りもいっぱいで路駐できなく、コローイの桟橋に向かったが、こちらは比較的

スペースが開いていて、すぐに停めることができたが、後から来た車も結構あり島の

方へ向かっていった。

儀式があるとはいえまだ7時を回ったばかりで始まってはおらず、ジョギングしている

人はいるだろうと思い、公園の方に行って見渡して見るも一人もいない。

念のために駐車場側に回ってみるも、コースの南半分には何人か走っている人や運動

器具で体を動かしている人がいたが、駐車場となり付近はタンブンする人たちのための

机で埋まっていて、こちらには運動している人は全くいない、

車から余り離れるも戻るのが大変なので、桟橋を往復することにした。この桟橋って

結構あって、片道500mくらいあるから取り敢えず3往復し、様子を見て公園内に

入ればいいと思い桟橋を歩き始めた、コローイ再開発のニュースは以前記事にしたが、

実際に連絡船乗り場手前にあった土産物屋のところは、どんな施設が立てられるか

判らないが、既に土台となるような様子で工事が始まっていた。

まだ帰宅するのは早いし中の様子も見たいし、場合によっては南側半周を歩こうと思い

中に入ると、北側の小広場に張られたテントの方から儀式の最中らしく、なんかアナ

ウンスされていたが、その内読経が流れてきた。

幸いまだ中央ステージの方はまだ始まっていないらしく、広場を横切って南側に行き

ウォーキングを始めた。ここを4周ほど(約2キロ)歩いて一休みしていると読経も

終わって、一般市民のタンブンが始まったみたいだ。お坊さんに手渡すため、裸足に

なっている人たちもいた。

中央ステージでは何か続きがあるみたいで準備がはじめられたが、記念写真を撮り

始めたグループもいた。

この行事に参加したお坊さんは4~50人いるような感じだった。

上の記念撮影をしている人たちをよく見ると、実はサーベルを持っていたのだが、お坊

さんの写真を撮っていたら、後から更に年配らしい偉そうでサーベルを持った人が3人

やって来た。儀式の最中にカーラーチャガーン(公務員)という声が聞こえたが、

サーベルを持った公務員とはいったいどういう種類の人たちだろう。

今迄も行われていたかもしれないが、初めて故ラマ9世の記念式典に出くわしたが、

こうしてみると故ラマ9世の人気は今も衰えていないような気がする。

さて現国王はタイにいる期間よりドイツにいる方が長いようだが、タイ人はどう思って

いるだろうか?これ以上つまらないことを言って王室不敬罪などなりたくないから

止めておこう。

バンセンのタラートイープン(日本市場)へ行ってきた。

前々回からの続きで、アンシラの海鮮市場→アンシラの道教寺院へ寄って、次はバン

センのタラートイープン(日本市場)へ行くことになったのだが、私は日本市場など

聞いたことがなく、娘がGoogleマップでナビを使いながら指示通りに車を走らせる。

娘からはこういう所だと写真を見せられるが、確かに日本風で3枚見せられたが

何となく胡散臭い。これは出店らしい。

もう1枚はこちらだが、やっぱりステレオタイプの宣伝らしく作った桜が見えるが、

どうやら屋外での食事テーブルのようである。大きな看板は日本を売りに出している

ようだが、フィッシュマーケットとどうつなげようとしているのだろうと思う。

築地市場をイメージしているのだろうか?

こちらになると何をか言わんやで、もろ「女学生もどき」が写っている。大体にして

靴とルーズソックスが日本ではないし、「寿司ずし」って一体何だ?

駐車場に着いて娘に確認すると「バンセン魚市場」が示されているマップを見せられ、

後から確認したのがこちらだ。

建屋に入って出店を見るが、これは一体何を売っているんだろうと思う程、いろんな

それらしい旗が並べられている。居酒屋もあるし定食屋なのか焼肉屋なのか、はたまた

寿司屋なのか???

中に入って天井を見たら、確かにここは魚市場らしい看板が掛かっていた。

その上こんなのぼりも出てはいるが「漁港直送」って言ったって北海道なのか三陸なのか、千葉なのか焼津?それとも高知かな?

ケチをつけてもしょうがないから、店を覗いては見るが、店にかかっている暖簾と

いうか旗と店の前で売っているものが全く関係なく、売り物はカキなどの貝類である。

こちらの店に至っては一体何屋なのかさっぱり想像つかないが、実際は魚の揚げ物を

売っていた。

この店の雰囲気は何となくよく、暖簾も気が利いているものが出てはいたが、魚の

加工品のルークチン(練り団子)やソーセージの串焼き屋であった。

この店は看板に偽りはなく、生きのいい魚を販売しているが新鮮な刺身は販売して

いないようだった。

こちらは日本料理の幟は出ていたが、ここも看板に偽りありで魚介類の加工品を売って

いる店で、日本料理の総菜など何にもない。ミヤさんと娘は何か相談しているよう

だったが、結局見て回っただけのようである。

これは本当に表示に偽りがなく、分かり易い案内だった。

結局ここへ寄ったのは時間的にも中途半端であったし、ここ自体が改装中のところも

あって何も得るところはなかったが、それにしてももうちょっと売る物と店の表示等、

見る人が見て納得できるようにしないととは思ったが、私は観光客の一人にすぎない。

もっと大々的に改装が済んだ後で、時間ももう少し夕方になってきてみたら面白いかも

しれない。

アンシラの道教寺院「道徳天霊宮」へ行ってきた。

アンシラの海鮮市場へ行って、結局欲しいものが見つからずバンセンの魚市場へ行く

ことになったのだが、その前に来るときに見つけた道教寺院へ行きたいということに

なって寄り道していくことになった。

以前行った時には道教寺院という認識だったが、マップによっては「神社」と記されて

いる場合があり、その名も「ナジャサタイチュ神社」だそうだが、漢字で書くと

「哪吒太子 神社」となるようだ。

哪吒太子 って誰?というわけでWikipediaで調べると、托塔天王(毘沙門天)の3男の少年神で

乾坤圏(円環状の投擲武器)や混天綾(魔力を秘めた布)、火尖鎗(火を放つ槍)などの

武器を持ち、風火二輪(二個の車輪の形をした乗り物。火と風を放ちながら空を飛ぶ)に

乗って戦うというように説明があった。

この神社の名前は「道徳天霊宮」という道教の神社で哪吒太子を祀っているということだ。

この神社とにかく派手というかよく言えば絢爛豪華である。入ってすぐに目に入るのが

この本殿である。

しかしこの本殿に入る前にもっと豪華なものが目に入る。

広場中央の池の中に設けられた黄金の哪吒太子像だ。まさに上記の風火2輪に乗って火尖鎗を

構え、手に乾坤圏を持って竜に守られている姿である。

そればかりでなく、灯篭というか燭台や線香をあげる台も黄金である。

本殿の向かいつまり門から入ってすぐに、左右一対の建物があるがこの建物は何か不明

である。いや何とか殿と書いてあったような気がしたが、気に留めなかったが作りは

やっぱりド派手である。

そしてこちらが本殿の入り口になるが、玄関の張り出しの軒に「道徳天霊宮」大きく

書かれている。

ところがである、上の写真の階段中央に竜の飾りがあるのだが、階段をのぼりながら

この上方を見ると「哪吒太子殿」と書かれており、哪吒太子を祀っていると伝わってくる。

もうここからは館内が思いっきり像や絵画が飾られているため、説明するにも説明し

きれないため、写真を張り付けていく。とにかくすごい量であり写真も貼り切れない

ためご容赦願いたいが、まずは館内に足を踏み入れたところからで、柱の彫刻から。

これも哪吒太子らしいが風火2輪に乗っているものの乾坤圏は持っていない。

こちらも哪吒太子だろうか?

こちらは千手千眼観世音菩薩である。

こちらはひげを生やしているから、少し成長した哪吒太子だろうか。

これは壮年の哪吒太子なのか?

ここからは哪吒太子から離れて、道教の神や仙人たちで仏教の神たちも登場するが、全部は

多すぎてお見せできない。

額の上方に千手千眼観音と書かれているのだろうか。

梨山聖母と書かれているようだが、どういう神(仙人?)か知らない。

次は「華佗仙師」と説明されているが、「三国志」で曹操に拷問で殺されたあの医術に

優れた「華陀」とは違うのだろうか?

こちらはもろ仏教の世界である。

こちらはご存知「孫悟空」であるが、「大聖佛祖」とはどんな由来の名だろうか?

これは中国風のプラフマー像だろうか、プラフマーというよりも「梵天」として製作

されたようにも思えるが、しかし手に目を持つのは千手千眼菩薩だろうか?

ここまでは像であったが壁画もたくさんあり、こちらは「如意輪観音」図。

「慈悲観世音菩薩」図

「救世観音」図。

最後に仏になった?哪吒太子。

日本人は仏教か神道であるがそれは宗教の世界の話であって、親から教わってきた

「教え」や中学の倫理社会などでは、道教や儒教の教えなどから影響を受けてきたので

はないかとも思える。Wikipediaで道教をググってみると、「道を説く教え」とあり

老子の思想+儒教の倫理思想+陰陽五行説や神仙思想も含んだ多神教で、多くの神や

仙人が存在するとあった。八百万の神もいるのだろうか。

この「道徳天霊宮」を見学できたのは本当に面白かった。タイの寺院を見るよりも

どちらかというと身近に感じた。

※関連記事 ナムジャイブログ:シャム湾の風に吹かれて

久し振りにアンシラ市場に行ってきた。

ミヤさんが売り物のバリエーションを増やしたいからということで、アンシラの

タラートへ行きたいと言ってきた。アンシラへ行くのは久しぶりだし、できればガザミ

(マングローブガニ)も買いたいので2つ返事でOKし、ウォーキングから帰って、

シャワーを浴びてから出かけた。

アンシラ市場は行き易く、スクンビットをバンセンで左折し、バンセンビーチに着い

たらロータリーを廻って、ただひたすらアンシラ目指せば知らなくても着く。

バンセンビーチの前の道は3134号で、アンシラに入ったら右手にすごく派手な

(豪華な)道教寺院が見えてきたらもうすぐである。

ここを過ぎると右手にアンシラ市場が見えてきて、道路の左手(市場の向かい)が広い

駐車場になっているので駐車の心配はいらない。

私たちが行くのはこの建物の海鮮市場なので、そんなに広いわけではなく、それぞれの

売り場が整然と並んでいるので選びやすい。 まずは小さなイカや小魚の加工物。

同様にこちらも海産物の加工食品各種だ。

こちらは生きのいいエビ。頼めば蒸してくれる。

そしてこちらは大型のエビでイセエビの仲間だろう。ロブスター(オマールエビ)で

ないことは確かで、大きなハサミを持っていないからである。ロブスターはザリガニ目

なのでハサミを持っているのである。ところで、エビは当たり外れがなさそうで、これ

だけ大きいと食いでがありそうだが、カニは「月夜のカニ」とはよく言ったもので、

大きくとも当たり外れがあるから外れた場合は「損した」と感じてしまう。

そしてこちらはまだ新しい大きなアオリイカである。「これ刺身にしたら旨いだろう」

などと思いながら、ちょっと高いので横目で見て通り過ぎる。

これはサワラと小さいのがアジだが見るだけ。

これはワタリガニである。このワタリガニの大きな奴はプーパッポンカリーにする

こともあるようだ。

ワタリガニは食べるところが少ないので私は買ったことがなく、どうしてもこちらの

大きな「マングローブガニ」へ行ってしまう。以前私はこの「マングローブガニ」を

「ガザミ」と呼んでいたが、ガザミってワタリガニを総称して呼ぶようである。

さて上記のプーパッポンカリーって、この大きなハサミを持ったカニが入ったものを

プーパッポンカリーと呼ぶものと思っていたが、どうやらそんなことはないみたいだ。

この大きなカニに見とれて立ち止まっていて、店員に勧められたが結局隣のやや小さめ

の奴(それでも上のワタリガニに比べれば大きい)を3匹550Bで買った。

シラチャのタラートでは中々出回らなくあれば700Bする。(買ったことがある)

こっちは貝類の出店で、左から「ツブガイ」「カキ」「ハマグリ」であるが、ミヤさん

はまだヒントが掴めないらしくこの前も素通り。

そしてしばらく立ち止まっていたのがこちらの「生食用カキのセット」だが、結局は

自分が食べたかったようだがここも素通り。

結局娘と何やら相談していたが、バリエーションのヒントではなく今夜のおかずに

ムール貝を買い込んだ。

売り物のバリエーションのヒントを、わざわざアンシラまで来て探すも見つからず、

結局次のバンセンのタラートへ行くことになったのだが、娘と何やら話しながら、その

前にチーンのお寺(上述の道教寺院)へ行きたいというので即OKで移動することに。

 この続きは長くなるため、次回の記事投稿にします。

※関連記事 ナムジャイブログ:シャム湾の風に吹かれて

さて私の晩酌の友は当然カニだが、ミヤさんはカニを蒸すのを嫌がるため私の仕事だ。

そうして蒸しあがったのがこちらだが、今回は外れを掴んでしまったようで、まさに

「月夜のカニ」で中身がない(少ない)ものだった。

仕方なく中身を突っつきながら食べるのも面倒になり、残しておいて翌朝「カニ汁」に

して食べたがこれは旨かった。

昨晩はやっぱり「日本まつり」へ行った

昨日はウォーキングから帰ると、ミヤさんから「夜日本まつりへ行こう」と誘われたが

乗り気のない返事をすると、娘が「行きたくないの??」と聞いてきた。そうすると

嫌だとは言えなくなって結局「いいよ」になってしまった。

夕方6時半ころ娘がタクシーを呼んで出かけるも、健康公園付近は渋滞で途中で車を

降りて歩いて公園へ行くも、やっぱり人出は多い。写真は公園入口から駐車場方向を

見たところである。

今日は娘の誕生日でもあるので、「焼きそばでも買って帰ろうか」などと適当なことを

言ったがその気になったようで、それらしい食べ物屋を探しているようだが、中々意に

叶った出店は見つからなく、公園の中央の方へ歩き出した。

結構出店の中に首を突っ込むが、私も同様にしたところで食べたいと思うようなものが

中々見つからない。

ところで、11月とはいえここは暑いタイ、やっぱりいましたよ甚平や浴衣姿の日本人。

そして中央ステージの近くまでくると、真楽茶(シラチャ)神社のテントが張って

あって、その中に大小の御神輿が飾ってあった。本当にこの神輿を担ぐだけの人数が

集まったのだろうかなどといらぬ心配をするが、人数が足りなければそれなりに、

主催者側で家族・参加企業・協賛企業への呼びかけて何とかするのだろう。

私は食べ物などどうでもよく、ブログネタになる写真を撮る方にどうしても神経が

行ってしまう。中央ステージでは日本から来た何とかという若者のグループが騒いで

いたが、ジジイの私にはよく分からない。

あちこち回って歩くもあまり注意を引くものもなく、このまま何も買わないで、結局は

日本食レストランあたりに行こうという感じになって来た。

こちらは海岸通りに沿った駐車場に設けられたレストランで食事をする人たち。

そしてこちらはほんとに小さなステージで、一生懸命ライブしているのはタイ人の4人

グループ(彼らには申し訳ないが、ドラムが写っていなかった)である。

別に探していたわけではないが、元務めていた会社の人事・総務の連中がテント番を

しているのを見付け声を掛けようとしたら、向こうが先に気が付いたようで声を掛けて

きてくれた。もう4年も経っているしましてマスクをしていたのに覚えてくれたのは

嬉しかった。写真をお願いしたら喜んで一緒に撮影に応じてくれた。

さて肝心の娘の誕生日の祝賀であるが、目当てになるものが見つからず、結局予想した

通りになったのだが、シラチャで名の通ったところとなると高くつくということで、

ミヤさんの顔が通用するタイ人経営の日本料理屋に行くことになったが、ホテル呉竹荘近くで、それでも客は日本人が多い「猫まる食堂」という店になった。

こちらで「鉄火巻」「天ぷら」「肉じゃが」「鯖の塩焼き」「レバニラ炒め」「餃子」

等々を注文し、腹が膨れたところでビール2本で早々に切り上げるが、私が「そんなに

旨いってほどではなかったがまあまあだな。100Bのラーメン屋の方がもうちょっと

旨かったような気がする」というとミヤさんと娘が口を揃えて「あっちの方が美味し

かった。なぜそれを先に言わないの」と怒られてしまった。

そして翌日のウォーキング。前日は人混みで気が付かなかったが、25日に用意されて

いたと思われるこんなものもあった。

【写真撮影用パネル・伏見稲荷の赤鳥居】

【写真撮影用パネル・京都嵐山の竹林】

【寿司盛りの模型】これはただ見せるだけか?

さて今日27日で今午後19時丁度。まだ健康公園は賑わっている事だろう。

今夜の人でも多かったのだろうか?心配はこの後のコロナの発生率で、ここのところ

またシラチャでも急増しつつあるとミヤさんが言っていたが、我が家も昨日行った

ばかりで他人事ではない。大丈夫だったのだろうか?

今日から2日間シラチャ日本まつり

一昨日(24日)の朝、いつもの様にウォーキングのために健康公園に行ったのだが、

歩き始めて暫くすると我が家で見慣れた体操着(娘が来ていたのと同じ)の女生徒が

集まり始めた。そのうちになんか仮装行列みたいな服装をした女生徒も集まり始め、

ブラスバンドがステージで音合わせやパート練習を始め出した。何だろうと思ったが

気にも留めず、一時間ばかり歩いて一休みしようと、公園入口まで行って何気なく

目新しい看板に目をやると、タイ語だから意味不明だが、24日ー27日とシラチャ日本

まつりの言葉が目についたが、『ハテ、日本まつりは26日・27日だったはずだが』と

思ったが、とにかく一息ついて休んでいた。

しばらく休んでいると、マーチングバンドの太鼓の音と共に、先導のパトカーやら

警察官が動き出しマーチングバンドも出発し始めたので、『そうかパレードが始まる

のか、しかし日本まつりでパレード?』とは思ったが、上の看板でパレードに目が

行ってしまった。

マーチングバンドに続いて、体操着姿のセントポールの学生たち(娘の体操着姿が同じ

だった)がタイの旗を翻らせて続くが、『日本まつりで体操着姿でタイの旗だけ?』と

またもや疑問符。

更に色ごとに仮想した行列が続く。まずブルー。学生とはいえ、若々しい太ももが

なんとも艶めかしいと感じる年寄りである。

続いて「グリーン」

更にバイオレットやらホワイトやらと続いていくが、『どう見ても日本まつりとは関係

なさそうな感じ』というのは否めない。

暫くパレードを見ながら休み、帰宅すると早速娘に「今日から日本まつりで、公園に

セントポールの生徒が集まってパレードをしてた」と言って写真を見せた。すると娘は

「パア、違うよこれはセントポールだけれど、今日はスポーツデーでそのパレード」

と言っておかしそうに笑っていた。それならパレード中私が感じた疑問は払拭され、

思いっきり納得できるのだが、では一体最初に見た看板は何だと思いながら、いつもの

「OHAYO」の記事を引っ張り出してみると、日本まつりは26日・27日となっていたが

ではあの看板の24日ー27日は何だろうと思う。

そして開けて昨日(25日)ウォーキングで公園へ行くと、駐車場にはテントが張られて

いて車は止められず、仕方なく海岸通りに路駐する。

公園の中に入ってみると、いつものウォーキングコースの中心部は祭りに出店する

参加企業のテントで一杯である。

歩き始めると、中央広場への入り口に伏見稲荷の赤鳥居を模したものが8つ並ぶ。

そしてその鳥居をくぐると、ステレオタイプの日本のイメージである桜・浅草寺の雷門

更には招き猫が、中央ステージに向かって並んで設けられていた。

そうしてちょっと離れたところには日本まつりの提灯の列。

私が公園に入った時はまだステージは今までのままだったが、そろ々8時という時間に

なったらトラックが入ってきて、様々な機材を降ろし始めてステージの準備を始めた。

これなら思いっきり納得である。あの看板は何だったのかまだ疑問であるが、もしか

したら駐車場の規制期間なのかもしれない。そんなことはどうでもいいのだが、26日は

娘の誕生日で「日本まつりに行こう」と誘われ、態のいいプレゼントの催促をねだ

られるかもしれない。その前に花一本でも買ってごまかそうか。

ラヨーンのピンクのお寺「ボートシーチョンプーガランナーㇺ」へ行ってきた。

ここのところお寺に行く機会が増えたが、タンブンに行くわけでもなくマシテ信心から

お参りに行くなどというのでもないが、どちらかというと娘が珍しいお寺を探しては

行きたいと言い始め、ミヤさんがそれに同調するという感じで機会が増えている。

先日もKoy(ビーグルで我が家にいるが、息子が飼い主)をラヨーンまで迎えに行く

用事があったが、ついでだからピンクのお寺に行こうという話になり、こういう所だと

私に画像を送って来た。画像を送られたところで行ったこともなく、ミヤさんがGoogle

マップでナビを使っていくことになった。シラチャから高速道路(7号)をラヨーンを

目指して行くのだが、とてもじゃないが一人では行けたものではなかった。

結局36号からあっちへ行けこっちへ行けという指示に従って、どこをどう走ったかよく

分からないが、マップで見ると、こんな感じだが周囲は何もない田舎であるが、以前

勤務していたPluakdaeng郡の近くの様であった。

そろそろ近いといったところで周囲に目立つものは何もなく、道端にいたおばさんに

尋ねると、言われた通りに進むと雑木林があり、それを左折すると上の写真の景色が

すぐに目に入って来た。これは上の写真の向こう側に立っていた3頭の象で、池の

中央に見えるのがピンクのお寺だ。

車を降りてこのピンクのお寺(本堂?)の前に来ると、入り口の左右に大きな2体の

仏像に迎えられる。本堂へ行くには池にかかっている橋を渡らなければならない。

この仏像の真正面に、何とも奇妙なものを見つけたが、一体なんだろうか?

樹には拝んでいる人がぶら下がっている。ちょっと意味不明。

これは橋の中ほどから臨んだ本堂である。

ここの本堂への橋の欄干は竜で飾られており、本堂の周囲の欄干は人頭竜身の女神(?)が取り囲んでいる。

こちらは本堂の屋根でここにも沢山の人頭竜身の神が飾られているし、入り口は

ヤックが守っている。

そしていよいよ本堂に入るのだが、入り口にはお釈迦様が祀られている。・・・で、

このお釈迦様がご本尊かと思いきやそうではないようで、奥にはさらにエメラルドの

お釈迦様が祀られていた。

そのエメラルドのお釈迦様にお参りする前に、この本堂の中央に据え置かれていた

大きな5個の水晶玉?(実際にはガラス玉かがこちらである。

そしてこの水晶玉に向かって右に鎮座しているのがこちらの半裸のエメラルド像だ。

一方この半裸の象に正対するように座している袈裟を着ているエメラルド像がこちら。

更に真正面には着衣を纏ったエメラルド像が祀られているが、これらすべてが御本尊と

いうのだろうか。なんとも不思議な世界である。

そしてこの本堂の周囲をめぐると、丁度左手後方になるのだが観音様が池の向こうに

祀られているのだが、池の中に建つ一対の竜の間にいるような錯覚になる。

さて本堂を出てこの本堂の周囲をゆっくり見て回ることにし、左手に向かうと瞑想する

釈迦像があるが、この前に十一面観音像が祀られていた。

大きな釈迦像の前の十一面観音像

こちらは上の観音像の丁度右に正対するように祀られていた、菩提樹の下で修行する

釈迦像(?)か。

それからこの瞑想する釈迦像に正対するように立つ釈迦立像で、これも本堂の裏手だ。

これが裏から見た本堂

さてこれで本堂を後にするのだが、「このお寺の全体は一体どうなっているのか」と

ミヤさんに聞いたところ「判んないけど、この山の上の方3kmのところに行けば

判るんじゃない?」と看板を指さした。

「冗談じゃない、まだ3kmも上に行くのは止めて帰ろう」というと、娘は上に

行きたそうだったが、ミヤさんも「もういいよね」と言うことで帰ることに。

ところが、この本堂の周りにはいろんなものが建っていて、それを見ながら駐車場に

帰るはめになる。何かは分らないまま写真を撮っていく。

2羽の大きな鳥(鷲?)の門をくぐって奥へ進むと、立像があるようだがこの前を

素通りする。

その左隣にあった釈迦の象だが、釈迦を守っているのは鳥の方か人間の方か?

さらに上の門の右隣の、恐竜もいるなんだか意味不明な釈迦立像。

こちらはこのお寺に関係する高僧達だろうか。

まだまだいっぱい写真に撮ったが、取り敢えずはこのくらいにしておく。

この上3km先まで行ったら、どれだけの量になるか分かったものではないが、もう

ちょっと時間があったら、という気もしないではないピンクのお寺参りだった。