Jinbeiのシャム便り

タイ在住の年金暮らしの専業主夫のジジイで、タイ生活/日記一般を綴っていきます。

懐かしい車と出会い40代前後の頃を思い出す。

以前懐かしい車を見つけたとか珍しい車を見つけたという記事を投稿したが、タイって

いう国は本当に面白い国で、その気になって注意していると、この手の記事を書くには

もってこいではないかと思う。今回は珍しいというより本当に懐かしい車である。

【究極の「ぼっち」の車:ダイハツミゼットⅡ】

この車はいつもウォーキングに行く健康公園で、本当にたま~~に見かける車である。

1990年代後半だったと思うが、ユニークな車だと思ったものである。自動車部品

関係の仕事をしていて、ダイハツには足しげく通ったものだが、池田でも京都でも

栗東でもこの車は見ていなかった。

こちらはフロントビューである。小さくて独特だ。メッキ部品は錆がないからレストア

したのだろうか。

こちらがリアビューである。後にこの荷台の代わりに箱室を乗せたカーゴモデルも

出たようである。

この車はコンベアラインやロボットなどの生産ラインは使わずに、手作りラインで

生産したそうで、熟練技術者の技術を若い人に伝承する目的で行ったそうである。

中は見難いがこちらが運転席で、一人乗りで両側にドアがあるからどちらからでも

乗り降りできるのが利点だ。

【3代目スターレット】

トヨタと言ってもこの車は豊田自動織機の長草工場(愛知県大府市)で生産しており、

そこは豊田インターで下りて刈谷を通り、知多半島の根っこまで行かなければならない

から、出張に行くにも結構大変なところだった。こちらがフロントビューである。

オリジナルのようだが、大事に乗っているようでこちらはリアビューだ。

【4代目スターレット】

奇しくも同じ健康公園でよく見かけるこちらが、4代目のスターレットだ。こちらの

車に乗っておられるのは私と同じくらいのお年寄りご夫婦で、この公園に来て8時

ちょっと過ぎに帰って行かれる。以前はあまり見なかったが、この2~3か月見掛ける

ようになった。

こちらがリアビューである。

「かっ飛びスターレット」ってどっちだか忘れたが、ちょうどこのころ日本の子供達が

まだ小学4年・6年で、地域のサッカー少年団に入ったばかりで、私も父母会に顔を出す

ようになり、否応なく4級審判員の資格を取らされ、あちこちの小学校との対外試合に

出かけるようになったころである。

【9代目コロナ】

恐らく上のスターレットとほぼ同時期だったと思うが、こちらが9代目(だと思う)

コロナである。

コロナは、トヨタ4工場(元町・高岡・堤・田原)の堤工場で生産された車で、堤工場

と言えばセリカ・カリーナ・カムリなどを生産してきた工場で、4工場の中では元町

工場と並んで思い出の工場である。思い出深いと言っても私はあくまで社外の人間だが

結構あちこち出入りさせてもらった。話が脱線してしまったがこちらがリアビューだ。

1980年代後半から1990年代後半にかけての10年は、私の人生ににとって大きく変化

した時代であった。私事では3番目の子供が生まれ、家も新築して社宅から引っ越し、

上の子達に引っ張られてサッカーに顔を出し、少年団のまとめ役をやらされその延長で

PTAをやる羽目にもなってしまった。仕事では長い間携わっていた設計から離れ、開発

部隊の旗振りである生産準備室に移籍し、「図面が悪くても」・「金型が悪くても」・

「作り方が悪くても」、開発初期段階に悪さを抽出できなかったお前たちが悪い、

と役員にことあるごと言われた。考えてみればもう30年以上も昔の話である。時が

過ぎるのは早いものであるが、最近は更に加速しているようにも感ずる。