Jinbeiのシャム便り

タイ在住の年金暮らしの専業主夫のジジイで、タイ生活/日記一般を綴っていきます。

シラチャが一望できるワット・カオ・プラ・クルで願掛けしてきた

土曜は息子が朝から帰宅し、大学の卒業式の準備(大学は終了したが「卒業式」が

済んでいない)のため、卒業式に着る服の仕立てに大学へ出かけ、10時半ころ帰って

来たと思ったら、今度はミヤさんと娘が「皆でお寺へ行こう」と言い出した。息子は

乗り気ではないらしく「どこのお寺だ」とか言っていたが、「セントポールの近く」

だとか説明されその気になったようで、仕方なく私も同行した。場所はセントポールの

ほんの少し先(レムチャバンより)を山に向かって上りだした。

暫く上ってお寺の駐車場らしきところに出た。そんなに高いところとは思えないほどで

あるが、見晴らしのいいところである。車から降りると白い釈迦の立像の後ろ姿が

見えてきたが、なんとも艶めかしい姿である。薄い衣を着た姿を現しているようだ。

さらに進むと左に赤い屋根が見え、説教をしているようであるが、手前にはどこのお寺

でも見られる八体の仏像が並んでいる。

その横ではお坊さんが観光客に対して説教しているようだが、地図ではこちらが

Khao Phra Kru Monastery(修道院?)のようである。この建物の仏像たちだ。

そしてこの向かいには白い仏像の座像があった。この坐像の土台の下には小さな池が

設けられロイクラトーンが浮かんでいた。この坐像はこの向こうにある展望台(?)に

続く橋の中央に鎮座しているのである。

さてこの橋であるが、ここにはもう少し大きな池が設けられ、水も注いでいるが盛んに

霧を発生させていて、池には大きなコイが沢山泳いでいた。

さて橋を渡って、この坐像の後ろの階段を上ると広い展望台のようになっているが、

地図上ではこちらがWat・Khao・Phra・Kruとなっていたが、お寺の屋上に当たるの

かもしれず冒頭の艶めかしい立像の前面が見られる。 つまらないことだが、頭を見る

限りは釈迦(男性?)みたいだが、透けた僧衣を通した前面は観音様(?)か。

こんなところでジェンダーを問うつもりはないが、こんなこと気にしても仕方ないが、

全体に胴が短く足が長すぎてバランスの悪い立像だ。

それにしてもここはシラチャの町が一望でき眺めがいいところである。シチャン島は

霞んでいて見えないがコローイとシラチャの町が見渡せる。

少し角度を変え、バンプラの方を見るとこんな感じで、中央の白い建物はパヤタイ病院

である。

上の写真2枚の丁度中間にあたるところの手摺りの中央に大きな水晶玉(恐らくガラス

玉で直径40~50cmはある)が設置されていて、これに願いをすると成就するとの

ことで、まずはミヤさんが願掛けをした。拝んだ後球の周囲をさすりながら、願掛けを

するのである。

続いてあなたもやれというが、ミヤさんと娘について行ってあちこちのお寺で願掛け

してきたが、これまでほとんど成就したことがないからいいと言うが、そんなこと

言わずとにかくお願いしろと言われ願掛けした。いつになったら成就するのだろう。

今度やる時には期限を切ってみようか。若い時には「星に願いを」したこともあった。

手前の私の肩幅ほどもある水晶玉などそうそうあるわけがない、ガラスで球を作った

のかもしれないが、それでも気泡などが入らないガラスの玉は作るのも大変だろうが、

屋外の外気に晒していて、風や雨に含まれる微細な砂を考えると、表面の滑らかさを

保つのも大変だろう。

取り敢えずお参りはしたから帰ることにして引き返し始めたのだが。来るときには気が

付かなかったが、ちょっと脇にそれたところに小さな滝があった。わざわざ水を引いて

作ったのか、とにかくここで家族で写真を撮ったのだが、普段あまり写真に写りたがら

ない私は、久し振りにミヤさんと一緒のを撮ってもらった。

私が立ち上がろうとすると、すかさず娘が走り寄ってきて「私も」と言って隣に座る。

娘ももう26歳になり、近くに来られるとなぜかドギマギする。

さあ家に帰って昼飯だと思ったのだが、帰る道が途中から変わったので「どこか寄って

いくのか」と聞くと、「せっかく皆で来たから、遠くないからもう一か所お寺に行く」

と言い出し、こういうところだとネットの写真を見せてくるが、面倒くさくなって

生返事を返した。               →その話は続きにします。