Jinbeiのシャム便り

タイ在住の年金暮らしの専業主夫のジジイで、タイ生活/日記一般を綴っていきます。

一時帰国して実家の整理・・・続編

19日は丸一日かけての移動だったもののほぼいつも通り目覚め、久し振りの朝湯に

浸かった後、チューハイを1本空けて階下に降りてゆっくりと朝食。 弟が迎えに来る

前にホテル周辺をちょっと散策。

いつもは新富士駅と実家の往復のため富士宮駅など来ないので、近くに富士山世界遺産

センターなんてあることは知らなかったが、行くつもりもないがこれからも行く機会は

ないだろう。

こちらは駅前の富士急のバス乗り場だが、こんなPRをしているバスも何台かあった。

富士山世界遺産センターより、「頼朝の富士の巻狩り」の方が小さいころから馴染んで

いる謳い文句だ。「駒留めの桜」だの「曽我兄弟の仇討」など懐かしい。

まずは実家に行って、どれだけの荷物があるか確認するが、本については既にまとめて

あったので着るものの整理からだが、時間を見て帰りのためにコロナの陰性証明証を

念のために入手しなければならない。(領事館は必要ないと言っていたが、娘が調べた

限りではTGでは必要らしいとのこと・・結局は必要なかったが)

私がが持って帰りたいと思っていたものを一通り確認したが、とてもじゃないが私が

運べる量ではないため、クロネコヤマトに依頼して発送することにして、まずは陰性

証明の入手からだが、この小さな田舎町で陰性証明を発行するところは少なく、3つ目

に行ったウェルシア薬局で検査できるということで予約するが、PCR検査ではなく抗原

定性検査だというし、英文の証明書のフォーマットはないかもしれないが、一応探して

くれるということで予約して出直すことに。

次はクロネコヤマトの営業所へ行き荷物の量やら、箱の大きさなどが不明だが、係員が

海外発送の経験がないということから、交渉の埒が明かず結局諦めて、できる限り荷を

少なくし私が運ぶことにした。

まずは着るものからで、とにかく最優先はオフクロの遺言という程じゃないが、着物を

ミヤさんにやるということで、たとう紙(着物の梱包紙)にわざわざ「ニッちゃん」と

書いてあったので、弟から売ってしまうわけにいかないから、何とかして

くれと連絡があった。面倒だから売ってもいいと言ったら、上物らしいのがあったが、

それでもせいぜいが350円でしかなかったと言っていた。親戚のおばさんに引き取って

もらったものもあったが、たとう紙に宛名まで書いてあるなら持ち帰った方がいい

ということで整理したが、幸い着物は2着で羽織が5着なので何とかなりそうで、後は

空いたスペースにどれだけの荷が詰められるかである。

私の着るものはせいぜい3着くらいに減らし、後は綺麗なものは寄付することにした。

被災地向けとか後進国向けとか色々あるらしいが、活かされるなら越したことはない。

ここで丁度区切りがいいので、昼食がてら陰性証明を貰いに検査に出かけた。

結果は「陰性」でOKであり、幸い英文のフォーマットもありすぐに発行してもらった。

午後からは本だが、数冊選んで手荷物とスーツケースに分け、後は弟に任せることに

したが、「ブックオフ」あたりに出しても文庫本だと100円以下だそうで、北方謙三の

全巻揃った「三国志」など下取りに出すのは勿体ないので、それも弟にお任せである。

次はアルバムであるが、アルバムも写真を沢山持って帰ってもろくに見もしないし、

かといって弟に処理させるのも大変だが一冊だけに絞り処理は頼んだ。

写真って見始めるときりがなく、どうしようか迷ったのがこちらだが、一時期私も一生

懸命になったのがこの警察犬訓練の写真である。警察犬の訓練て、犬を訓練するのは

飼い主で、犬も警察犬〇級合格ということになると、訓練した本人も警察犬訓練士の

資格ももらえるのである。(私が通っていた訓練所では)

その写真集がこれでその時の犬はもういないが、大型犬のピレネー犬だった。

もう一つはこれはどうするか本当に迷ったが、今更という思いもあったが、これ一枚

なのでまさか焼き捨てるわけにはいかないと思い、持ち帰った元家族の写真である。

これをタイに持ち帰ってどうするか、もの凄く複雑な思いに囚われた。

私のが終わると弟が、「おふくろのもあるけど焼き捨てるしかないから、欲しいのが

あったら持っていけ」と言うので、10枚くらい貰ったが、面白い写真があったので

もらってきた。オフクロの父親の弟に当たる人で海軍将校として乗船していて、太平洋

戦争中にミッドウェー海戦で沈んだ重巡洋艦「摩耶」の写真である。

右下に大巡洋艦「摩耶」とあるが、左下に検閲済「不許複製」とあるが、オフクロは

この写真をその叔父からもらったのだろうか?

これで殆ど完了したが、その後弟が押入れを開けて「これをどうするか困っている。

欲しいものがあればもっていってくれ。」と言われたが、人形やら工芸品やらの土産

物で中には私が持ってきたものもある。

「土産物なんて食べるもので十分だよな。こうやって残されると処分に困るし、まして

人形って魂が宿るなんて言われると処分に気が引ける」と言い始めたが、任せることに

したが、分別廃棄にうるさい田舎でどうして捨てるのか気になる。燃やしたら燃やし

たで火事の恐れがどうのと煩いらしい。

ここまでですべて家の片付け(私の物の片付け)は終わったものの、私の荷物は半分

以上減ったが、逆に弟に押し付けたものが倍以上になってしまって申し訳ないが、弟も

仕方ないと言って諦めてくれた。

あくる21日はオフクロの墓参りとか、一応親戚のおばさんには挨拶に行ってタイに

戻ろうと決めてある。  長くなるため今回もここで終わります。続きます。