タイ人の美的感覚と遊び心と「緩い国」
私はタラートが好きだし、本当に面白いところだと思う。珍しいものが時々見られる
のは元より、何よりもそこに集まる人たちの生活感が好きだ。
私はタラートに行くと、旧タラート側道路のお寺の駐車場か花屋の前に駐車するが、
今日は春節で日曜のせいか車も人も少なく、花屋の前に駐車した。駐車する時から気に
なっていたが、花屋の前では白い花を使ってクジャクを作っているようだった。
余りに見事だったので写真に撮らせてくれと頼んだら、どうぞと言って笑っていた。
何に使うのか聞いたら、「パーティー・テンガーン(結婚)」と教えてくれた。
前に回って写真に収めるが、ヤシの葉や観葉植物の葉をベースに、白いランを惜しげも
なく使い、飾りにしているのかこれまた白い菊も使っていた。クジャク本体は何で
作ってあるか判らない(白い不織紙のようだった)が花ではない。日本人は花を活けて
「美」を表すが、タイの花屋はこういうの本当に上手だと思う。
タイ人の美的感覚はこういうのばかりではなく、南国のこの暑い環境の中で育ってきた
からではないかと時々思う事がある。例えば家の色だが、日本では壁は白で屋根は黒、
家本体は木の色で全体的に暗いが、タイではパステルカラーのピンクや黄色・オレンジ
等々様々で、ピンクの家など私は敬遠するだろう。
家をピンクにするのなど遊び心ではないと思うが、それでもタイの社員送迎バスなど
遊び心いっぱいで、日本のトラック野郎ほどデコレーションしていないが、大概は
車体をアニメキャラで塗装しているが、更にミシュラン人形で飾ったり、ホーンや
フォグランプでゴテゴテ飾っているものもある。これはトラック野郎の求めるかっこ
よさへの拘りとはちょっと違う感じがする。車体をアニメキャラで塗装してもかっこ
いいとは意味合いが違うだろう。
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こちらもタイ人のお宅の庭先でよく見かける風見鶏であるが、風で動くのは見れば判る
のだが、勿論風力によって人形が働かされているのだが、見方によっては人形の力(働
く力)で風車を回しているようにも見えて面白い。
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ところでこの涅槃像を遊び心で作ったのではないか、などと解釈したら失礼に当たる
かもしれないが、それでも仮に日本人が仏像を作るとしたら、このようなアイラインを
引いたような、目鼻立ちのハッキリさせた仏像は作らないだろう。どこからこのような
仏像を作ろうとする発想が来るのか不思議である。
そういえば以前いた会社で、年2回QCサークルの発表会があったのだが、私は審査員を
仰せつかって審査をしたのだが、日本のそれと比べるとタイ人の発表って楽しんで
やっている雰囲気が伝わってくるが、日本の発表は緊張感はあるが真面目過ぎて
「遊び(余裕)」が全く感じられなかった覚えがある。
これは国民背の違いだろう。以前ブログに投降したことがあるが、タイはアジア研究の
中でも社会学、人類学、政治学等の学術的関心を集める国であり、世界の学者の知的好奇心をくすぐる
ところであるというのである。そしてそういう学者が世界から集まり、研究発表を行っているのが、「国際タイ
学会;International Thai Studies Conference」なる組織だそうである。
それからこうも言っている。
シカゴ大学の社会学者が、戦前日本に滞在して研究した後タイに滞在したが、同じアジアながらあまりの
違いに驚き、「固い日本」と「緩いタイ」というモチーフで論文を発表したそうで、この論文が今でも「タイ学」の古典として読まれているそうだ。
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